教授コラム  

第47回ESDR
Salzburg,Congress Center, Austria
2017.9.27-30
会長 Matthias Schmuth教授(インスブルック大学)
大阪大学大学院医学系研究科
情報統合医学皮膚科学
教授 片山一朗

久しぶりにESDR(欧州研究皮膚科学会)に参加した。学会場がモーツアルトの生誕地であり、サウンドオブミュージックで有名なザルツブルグであったことと、次の時代の皮膚科の研究がどのような方向に向かうのかを自分なりに考えてみたいと思ったからでもある。 室田先生、金田先生を誘い,中川、清原、神谷の先生と耳鼻科から院生として来ている今井先生と参加した。ただホテルがオーバーブッキングで他のホテルに廻された。後で聞くと前日入りした室田先生や何人かの先生が同じ目にあったとのこと。一度プラハで同じ目にあったが、その時スタッフから「Life is not easy」と言われた言葉を思い出した。ESDRは若手のPhD研究者が最新のテーマ、研究手法を用いて発表するSID(米国研究皮膚科学会)とは異なり、臨床を基盤に研究を楽しんでいるヨーロッパの皮膚科医が多く参加することが特徴で、臨床研究の方向性を知る意味で参加する機会が多い。
今回の学会テーマは「The Sound of Dermatology」といういかにも欧州の研究者が主宰するにふさわしい魅力的な学会であった。私自身、皮膚科研究の大きな流れの変化を感じたのは1998年のケルンでの国際皮膚学会で分子生物学的な手法が大きく取り上げられた時や、山中先生のノーベル賞受賞後開催された、2013年のエジンバラ国際皮膚科学会での再生医療研究であった。今回は皮膚組織でのTranscriptome解析やMicrobiome解析が中心で実際の生体組織で網羅的な遺伝子解析を行うことが可能な時代になり、EpigeneticsやExome解析などの発表が多くあり、またSingle cellでの遺伝子解析など次の時代の方法論の講演などがあった。ただ臨床的な観点からは乾癬、黒色腫などの皮膚がん、アトピー性皮膚炎などの新しく、かつ劇的な効果を示す薬剤の臨床研究の発表が多く取り上げられる時代になったことである。これらの治療薬はメガファーマやベンチャー企業が皮膚科の研究成果とは全く異なる次元、方法論で開発してきたものばかりで、我々皮膚科医が長年にわたり病因論を研究してきた疾患の病態が新規薬剤の標的分子の解析により次々に明らかにされ、皮膚科医の研究に関する知的な興味の持ち方やその継続性に大きな影響を与えるのではないかと参加していた何人かの先生方と議論した。
実際、今回のPresidentであったインスブルック大学のMatthias Schmuth教授は,彼のスピーチの中で「Beyond the skin」、「Beyond Dermatology」という言葉を多用していた。昨年ノーベル賞を受賞された大隅先生が繰り返し、日本での地道な基礎研究の将来を心配される発言をされているが、今の皮膚研究も含め
今後の研究の方向性が実用的な創薬開発に向かうのは避けられず、大規模な研究を大学レベルで行う事は難しくなる時代がくるし、AIの普及はその傾向に拍車をかけるかと思う。その中でもう一度日常診療で、患者で起こっていることを透徹した観察眼で吟味し、その未知の現象や病態を解明し、患者を治癒させたいという臨床医の熱い思いが再度要求される時代になるのかと思う。マウスばかり見ていては何も生まれてこないのは今のバイオ戦略をみれば明らかであり、その意味で「Stick to human skin diseases」、そして「Beyond Dermatology」という考え方を若い先生に伝えていくことが重要とあらためて感じ、ザルツブルグを後にした。


以下、印象に残った講演など。
Dublin大学のMartin Steinhoff教授はPre-congressのNeurobiologyにてTLR3を介する痒みの機序につき掻破などの障害でKeratinocyte由来の核酸などによる痒み誘発機構がある、また核内に存在するIL33も掻破による痒み誘発に関わるとの話であった。これは痒疹などでの痒み認知機構に関わるかもしれない。彼はPoster walkでもリーダーを務めていたが、アトピー性皮膚炎は発疹型により遺伝子発現など変わる可能性があり、Transcriptomic analysisでの病変部の選択は注意が必要とコメントしていた。
Kiel大学のHohmuth Aは、痒疹をアトピー性皮膚炎での痒疹とアトピー性素因のない痒疹の病理所見で唯一異なるのはSpongiosisと述べ、Atopic eczemaとAtopic dermatitis の病名をどう考える上で、参考になった。(P156 Hohmuth A et al. Epidermal differentiation, inflammation and serum levels of filaggrin and IgE in atopic dermatitis,classical prurigo nodularis and prurigo nodularis in AD.) 京都大学の中島先生(椛島教授が講演)の演題はブドウ球菌由来因子(LTA?)誘発皮膚炎モデルでTLR2を介して好塩基球が遊走し、末梢神経の伸長にも関わるとの内容でSteinhoffの話と同様自然型の皮膚炎でアトピー性皮膚炎より痒疹のモデルに近い印象を持った(P59 Nakashima C et al. Peripheral nerves promote basophil infiltration via TLR2 in murine atopic-dermatitis-like inflammation.) 痒疹ではアーテミンの蓄積や末梢神経の伸長がアトピー性皮膚炎とは異なり、発疹型や部位、経過、治療の差などが考えられた。

高知大学の中島喜美子先生の発表されたDorfman Chanarin 症候群に見られた魚鱗癬は夏増悪、冬軽快する、組織に脂肪滴が蓄積する、トリグリセリドの分解が寒冷刺激で亢進する、メントールの外用で症状が改善するなど、私が現在興味を持っている進化論的皮膚病論を考えるうえで大きな参考になった。(P137 Nakajima K et al. Cold sensing ameliorated ichtyosis in a patient with Dorfman Chanarin syndrome likely through reversed lipolysis under thermo-regulation in keratinocytes.)

Wien 大学のGeorge Stingl 教授は私と同世代の先生で、皮膚免疫学の世界的な研究者であるが、今回は「Unmet Needs:Neglected Niches for Dermatological Research」という魅力的なタイトルの講演をされた。潜伏性の結核菌がHematopoietic stem cellに眠っており、免疫機構の低下で結核が顕在化することをきれいなマウスとヒトの実験で証明されていた(PLoS one 2017.12(1):e16911)。彼はNiche的な要素の強い疾患、テーマにも言及していたのが印象的であった。
今回はPlenaryは10演題と少なく、記憶に残る話はなかった。





ホーエンザルツブルク城にて


大阪大学皮膚科教授 片山一朗
平成29年10月4日