教授コラム  

皮膚の血管炎の考え方2017
大阪大学大学院医学系研究科
情報統合医学皮膚科学
教授 片山一朗




 先日、3月25日に東京で開業された陳科榮先生にお越し頂き、皮膚の血管炎の考え方について上記のタイトルで講演頂いた。陳先生は私の敬愛する先生であり、多くの事を教えて頂いて来た。この数年、血管炎の分類、診断、病態、治療法などが大きく変貌しているが、この講演をお聞きし、私の中で、はっきりしなかった問題点が随分整理された。また陳先生と議論する中で私の考えている事が先生のお考えに非常に近い事でも驚いた。この機会に陳先生の講演内容と執筆された教本を整理し、記録に残しておきたい。先ず、一昨年の皮膚脈管・膠原病研究会に関するコラムでも記録しておいた2012年の改訂チャペルヒル分類についての問題点に関するお話があった。この会議では皮膚科医が一人も参加していない状況で新分類案が決められた事が大きな問題点だった。今回、日本から陳先生と川名誠司日本医大名誉教授、さらに欧米の皮膚科医、皮膚病理医が加わり、2012年のチャペルヒル分類の補遺として、いくつかの改訂点が公表されるとのお話があった。その中で重要な点として以下の1.2.の2点が述べられた。

1.チャペルヒル分類の補遺
■全身性の血管炎と異なり、皮膚の血管炎はPost capillary venuleを中心とした細静脈炎である。
■皮膚限局性血管炎の追加(下線)
   IgA血管炎
   クリオグロブリン血管炎
   低補体蕁麻疹様血管炎(抗C1q血管炎)
   ANCA血管炎
   IgG/IgM免疫複合体血管炎
   皮膚静脈炎・血栓性静脈炎
   持久性隆起性紅斑
   結節性血管 (炎Nodular vasculitis)
   リべド(様)血管炎
   ベーチェット病

2.免疫組織化学
 IgA血管炎など、特定の医療機関でしか診断ができない点は大きな問題であり、新たな診断法の開発が必要であるという点に関しては全くその通りで、病名の再検討が必要であると考えるのも皮膚科医であれば皆さんそうである。重要な点はIgA抗体が何を認識しているかの検討であり、その解明なくして血管炎の診断をしても意味がないと考える。また皮膚の小血管炎はPost capillary venuleを中心とした細静脈炎で有り、血管壁はフィブリノイド変性を伴う壊死性血管炎であるとの指摘もその通りで、HE染色では乳頭下層から真皮中層レベルの血管炎ではフィブリンの析出や出血、好中球の浸潤、核破砕が中心と成り、血管壁はその破壊により不明瞭となる。興味ある点はなぜ皮膚の血管に限定して血管炎が生じるかで、その答えの一つとして好中球の細血管への接着とその後の炎症惹起に関わる細小動静脈の接着分子の発現の相違点の検討が挙げられると考える。この方面のエキスパートの防衛医大の佐藤貴浩教授にお聞きしたが、好中球が接着する分子は以下の通りとのことであるが、細血管側の発現パターンの詳細な検討はまだないようで、その理由としては多くの実験が内皮細胞(HUVECまたはhuman dermal endothelial cells)で行われているので細動脈と細静脈内皮細胞での違いは検討が困難とのことである。 好中球:E-セレクチン〇 P-セレクチン〇 ICAM-1〇 VCAM-1×(〇:結合する X:結合できない)。逆に皮膚を介する何らかの外的因子や循環障害により皮膚の細血管が特定の細胞接着分子を恒常的に発現している時には、一見、無関係な上気道感染症などで循環好中球側の接着分子の発現亢進がある場合、対応する血管レベルで好中球性の炎症が生じても良いかもしれない。これはアトピー性皮膚炎での非特異的なケラチノサイトの接着分子の発現と好酸球浸潤などと近い反応とも考えることも可能である。


3.動脈と静脈の差は?
 筋性動脈の内弾性板は均一で一層。フィブリン血栓は不整であり、内弾性板は血栓による血管の破壊を防ぐために重要で、その破綻が血管炎?血管周囲炎の原因となる。静脈の弾力線維は多層、静脈壁は厚く、血栓は同心円状で血管壁は保たれる。下腿の血栓性静脈炎はElastica van Gieson染色での弾性線維が筋型動脈の内弾性板と間違われやすく結節性多発動脈炎と誤診される例が多いとのお話であった。私もこの点は重要であり、安易な長期ステロイド投与の原因と成り、難治の原因と成ることは良く経験する。ただ炎症の強い場合、安静と2週から1月程度のステロイドの全身投与は必要であることなど、陳先生も同じ意見であった。


筋性動脈炎と(血栓性)静脈炎の病理組織学的鑑別ポイント

動脈炎 (血栓性)静脈炎
     
筋層配列 連続性同心円状 不連続な束状配列
     
筋層構造 緊密で隙間が少ない 束状筋層は互いに隙間を有し、弾性線維に挟まれる
     
血管壁の弾性線維 乏しい 豊富
     
内弾性板 (+)均一 (+)内膜側に一本から数本の不均一な弾性線維
     
筋層のフィブリノイド変性 (+) (+~ー)
     
血栓の好発部位 内膜に面した血管腔側(同心状) 血管腔中央側、内膜側
 
4.内臓と皮膚血管の病理組織の違いは?
 結節性動脈周囲炎(PNC, CPAN)の独立性とPNへの移行、そして皮膚型と全身型PNの相違点に興味があり、コメンテーターの三浦圭子先生にもお尋ねした。陳先生も比較検討した事は無いが、当然異なるのではないかとの返事であった。今後、是非検討して頂きたい点である。

5.リベド病変への圧迫包帯、弾力靴下の使用とその考え方
 リベド血管炎や皮膚型結節性動脈周囲炎でも細小血管レベルの血栓や時にフィブリノイド血栓形成と脂肪織レベルの細静脈炎がみられることから、DDSやNSAIDs、抗血小板薬などの薬物療法に加え、弾力靴下の使用が効果的であるとの解説があった。潰瘍の形成や炎症の強い時期の使用は控えるのは当然であるが、安定期の使用は私も同感である。作用機序が圧迫による血流改善やiNOSなどの誘導を指摘されていたが、内皮細胞機能の改善が大きいのではと考える。市販のものはキツすぎるとの意見もあり、改良が必要とのコメントもあった。ステロイドは血管壁の脆弱化、血液粘稠度の亢進、血小板の凝集などへ影響するとされており、一度導入すると中止が困難になることより、全身症状を欠く例では使用しない治療を心がけることが重要と私は考えている。漢方茶(ビデンスローサ)も試みる価値はあると考える。Winkelman等の提唱したSegmental hyalinized vasculitisはAtrophie blancheと同義で、今迄、どちらかというと細動脈の血管障害とフィブリン血栓が主体と考えていたが、陳先生のお話では細静脈の血栓と脂肪織レベルの静脈炎が特徴で、Livedo vasculitisもSegmental hyalinized vasculitisに近いDermal plexusレベルの静脈炎の組織反応が主体と解説されていた。ただリベドの場合、動脈側の循環障害と結果としてのHypoxiaも問題ではないかと質問したが、肯定はされたが、それ以上のコメントは無く、また議論を深めたい。最後に陳先生は今後の喫緊の課題として、血管炎を研究し、新しい治療を創出する次の世代の教育と育成が何より重要と強調された。私もその通りと考えるが、現状は中々厳しく、指導医が先陣を切って難しい血管炎の治療を行い、その面白さと重要さを若い世代に伝えて行くしかないと考える。その意味で、指導医は若い先生にドンドン演題を発表させ、活発な議論を展開し、論文として結果を記録して頂きたいし、若い先生方には陳先生と川名先生のテキストを購入し、先ず治療を開始することから血管炎を勉強して頂きたい。そこから皮膚の血管炎診療の重要さがまた、見直されていくと考える。なおこのコラムの図は陳先生の講演で使用された資料を元に作成した。

最後にチャペルヒルコンセンサス会議2012の分類を添付する(pdf)
血管炎症候群の分類|大阪大学 免疫アレルギー内科(大学院医学系研究科)
www.med.osaka-u.ac.jp/pub/imed3/lab_2/page4/vasculitis.html






平成29年3月31日