教授コラム  

第98回日本皮膚科学会大分地方会
藤原作平大分大学皮膚科教授退任記念地方会
「生涯一研修医」
日時:平成28年3月5日(土)~6日(日)
於: 大分県労働福祉会館
大阪大学大学院医学系研究科
情報統合医学皮膚科学
教授 片山一朗


藤原作平教授の退官記念地方会に出席した。前日に祝賀会が開催され、その席で多くの先生から、「無事退官」を労う多くのスピーチがあり、いかに藤原先生が多くの方から愛されておられたか良く理解できた。また先生にとっても教授生活を終えられる時間を多くの方と共有できる喜びが会場に溢れる良い会であった。その中で藤原先生を表す3つのキーワード「生涯一研修医」、「入浴は月1度」、「禁!!!、整理整頓教授室」にまつわるエピソードが多くの先生から紹介された。先生の臨床、研究に対する真摯な姿勢や厚いレンズの眼鏡を通して物事を直視されるその風貌と、実際の日常生活での物事にこだわられない行動の乖離が極端で、真面目であれば、あるほど、微笑ましい思い出として大分大学皮膚科の歴史となって残されてきたことが随所で披露された。実際、守山正胤医学部長からは藤原先生が多くの学生さんの人気を集め、また患者さんの女性フアンも多かったことが述べられた。
 藤原先生は1980年に大阪大学から初代皮膚科教授として赴任された高安進先生の後任として2001年に第2代教授に就任された。高安先生と同時に助教授として着任された新海浤千葉大名誉教授を慕われ(細胞外マトリックス研究の子弟関係)、東京医科歯科大学難治疾患研究所、神戸大学内科を経て昭和61年に大分医大皮膚科に着任されたそうである。


1980高安進大分医大皮膚科教授就任壮行会
右から佐野栄春大阪大学教授、高安進助教授(当時)、新海浤先生、中村俊孝先生、板見智先生

2001年は私が長崎大学教授として、第53回西部支部総会を開催した年でもあり、以後2004年迄西部支部の仲間としてご指導頂いた。藤原先生はご専門の基底膜領域の生化学研究で日本の第一人者であったが、師匠の高安先生、新海先生同様に臨床にも大変強く、一例一例を大切にされ、またその結果を論文として残されている。
今回の退官記念地方会でも全ての演題にコメントをされており、今や絶滅危惧種といっても良い、教育熱心な教授である。また藤原先生が大分医大教授に着任後より開始された皮膚がん検診は、今年3月26、27日にも実施されるが、その中で藤原先生が見いだされた家族性のElastofibroma(弾性線維腫)は稀な腫瘍であるが、その特異な組織像と肩甲骨の下床に発症しやすいこと、などが特徴とされ、この腫瘍が沖縄のある地域に好発することから、千葉大予防医学センター教授の関根章博先生と疫学研究を開始されている。その成果はこの退官地方会でも「弾性線維腫の大家系パラメトリック連鎖解析による原因遺伝子の探索」として関根教授から紹介された。ただもう少し母集団が必要なことや正確な診断が要求されるそうで、遺伝子の特定には至っていないそうである。
私は特別講演2として「皮膚の恒常性と組織リモデリング:強皮症とアトピー性皮膚炎をモデルとして」を講演させて頂いた。一般演題では岡山大学の岩月教授が進行期メラノーマに対する抗PD-1抗体とBRAF阻害薬による治療経過中生じた原田氏病の一例を報告され、免疫チェックポイント阻害薬の現状と将来,最近の話題(Prospective identification of neoantigen specific lymphocyte in the peripheral blood of melanoma patients. Nature med. Online Feb 2016)
、そして岡山大学を中心とする中国地方でのメラノーマ診療ネットワークシステム構築の進行状況を話された。免疫チェックポイント阻害薬は肺の非小細胞性肺がんにも適応が拡大され、有効例がふえているそうで、今後いつまで治療を継続するか、高額な医療費をどう賄って行くが大きな問題となってくるかと思われる。
藤原先生には、あらためて30年間の単身赴任生活にご苦労様と申し上げるとともに、大阪に戻られた時にはまた皮膚科学を一緒に楽しませて頂きたいと心より思う。
平成28年3月掲載