医局員コラム
2016年を迎えて:Dermatology Classics 大阪大学大学院医学系研究科
情報統合医学皮膚科学
教授 片山一朗

 皆さん輝かしい新年を迎えられ、今年、一年の夢に満ちた計画や皮膚科診療に関する新たな抱負を考えておられることと思います。
 私も、2004年に大阪大学に着任した時の定年が今年3月末の予定でしたが、さらに2年間、今の仕事を継続できることになりました.年頭にあたり、私なりに次の2年間をどのように過ごしていくかを考え始めました。
それとは別に最近の臨床や基礎の学会、研究会に参加して感じることは、皮膚科あるいは専門分野である基礎研究で本来、常識として知っておくべきことやたかだか、20〜30年前のことを知らない、あるいは勉強していない方が増えていることです。ある先輩の先生の嘆きで、SyphilisはもちろんLuesといっても話が通じない、あるいはpapuleとnoduleの使い分けができていないなどの話は良く聞きます。また自分自身どんな疾患を治したいのか、その疾患のどのような病因論の解明に興味があるのかなどが伝わってくる発表が少なくなっていると感じているのは私だけではないと思います。これらの理由は複雑ですが、結論としてはある時期から個々の皮膚科教室の伝統、歴史が継承されなくなったことが最も大きいのではと考えています。
 そのような中、新春を迎え、卒後20数年経過した今、リハビリ科の後期研修医に転科したという、ある先生から賀状を頂きました。褥創治療のために栄養学を一から勉強したいという強い思いからの決断だったようです。また尊敬する岸本忠三先生のリレーエッセイの中に、ある学生から「先生、、、、われわれは、もうすることないんと違いますか。何をしたら、ええんやろうか……」と聞かれ、「そやけど、考えてみると、まだ治ってない病気がいっぱいある。何で起きるのか、分からん病気もいっぱいある。それを研究し、治療法を見付けていくことを考えたら、いくらでもやることはあるで」と答えられ、さらに「せっかく医学部に来たのだから、ちゃんと30歳まで医者をやれ」一生懸命に医学を勉強し、医師の仕事をやれば、必ず疑問が出てくる。治療法がない病気を目の前にし、それを治したいと思うことから研究は始まる」とも言われたそうです。私も、皮膚科を志望した理由の一つが当時全く、原因も不明で、治療もない白斑という疾患を治したいということでした(皮膚科医になり32年目頃ようやく白斑の病態研究を開始する事が出来るようになりました)。また卒後7年目位で出向した病院の指導医の先生が膠原病の専門家で患者さんの皮膚症状から始まり、全ての臓器障害の診断と治療を一人でやっておられ、本当に凄い先生と思いました。その後、恩師の西岡先生の研究テーマの強皮症の班研究をお手伝いし、また北里大学で西山茂夫先生のもとで膠原病を一から勉強する過程で、私なりの膠原病診療の基礎を作れたと思います。若い先生も是非、新しい出会いを大切にし、自分のやりたい事を見つけ、興味ある疾患に関しては誰よりも自分が一番良く知っている、必ず治す位の気持ちを持って診療、研究をして頂きたいと思います。そこからが本当の皮膚科医のスタートになると考えます。
 話は急に変わりますが、数年前から、入手が困難な昔の皮膚科領域の原著論文を訳し、”Dermatology classics”として若い先生に読んで頂こうというプロジェクトを西岡先生、岡山大学の岩月教授、東京医科歯科大の横関教授、故三橋善比古東京医大教授とで始めました。残念ながら三橋先生が他界され、ドイツ語版が少し遅れていますが、英語版がようやく発刊の目処がつきました。フランス語版はすでに岩月先生が一昨年の日本皮膚科学会の記念事業として刊行されました。(ちなみにこの本により私も、Prurigo Besnierに関するベニエの原著を初めて読ませて頂きました)。その過程でプロジェクトの中心となる西岡先生と入手が困難な教本を求めてOxford大学やRoyal college of Surgeons, St Bartholomew’s, Hospital, Royal College of Physicians などの図書館を訪問し、旧い貴重な資料を目にする機会を得ました。そして150年〜300年前の原著や教本を読まして頂き、当時の先生がいかに良く皮疹を観察し、その成因、病態を考えておられたか再認識しましたし、現代に生きるイギリスの皮膚科の先生方と話をすると、そのような旧い時代の古典皮膚科学とでも言うべき疾患やその時代の背景が当たり前のようにでてくる事にも驚き、長い歴史に裏打ちされた皮膚科医と同じ土俵で戦う事の難しさも感じました。免疫学の分野でも2000年代に入り、抗体療法や免疫チェックポイント薬、シグナル伝達阻害薬などが次々登場し、一昔前までは治せなかった疾患や悪性腫瘍も治す事の出来る時代になりました。その背景には1960年台から70年代に大きな研究テーマであったSuppressor cellやDendritic cell、Macrophage、Basophilの基礎的研究が再びヒトで再検討されるようになりRegulatory T cellやInnate immunityの治療への応用が進んだ事も大きいと考えます。
 皮膚科の臨床でもその膨大な歴史をもう一度良く見直し、何が解決されていないか、どのような治療が応用可能か考え、そこからまた新しい病態研究や治療の開発を始めて行きたいと考えます。


John Hunter像(Lincoln’s Inn Fields, Royal College of Surgeons)
 

Duhringのカラー図譜 (1876年版、ライアン博士個人蔵)
 

白斑患者図(Duhring の図譜より、ライアン博士個人蔵)
 
2016年1月