医局員コラム
アトピー性皮膚炎のアウトグローとバイオマーカー
第3回小児アトピー性皮膚炎フォーラム(PADフォーラム)
2015.3.14
TKPガーデンシテイ品川
大阪大学大学院医学系研究科
情報統合医学皮膚科学
教授 片山一朗

 今年も小児科の先生方とアトピー性皮膚炎の治療や病態研究討論が楽しめる研究会に出席する機会があった。テーマは「小児アトピー性皮膚炎の全身症状と鑑別診断」、「アトピー性皮膚炎のバ難治化とバイオマーカー」、「アトピー性皮膚炎のバリア障害と免疫応答のクロストーク」の3つで、それぞれ皮膚科と小児科の先生からの講演があった。いくつか興味深い話題や論争があったので記録しておきたい。順天堂大浦安病院の須賀康教授はご専門の角化異常症の中でNetherton症候群を中心にPeeling skin syndromeなどの稀少疾患を紹介頂いた。Netherton症候群はLEKTIとよばれるSerin protease inhibitorをコードするSPINK5の遺伝子異常によりKalikelin 5,7,9などの酵素活性が亢進し、Corneodesmosinなどバリアに関わる角層蛋白の分解が亢進し、結果としてバリア障害が生じる。治療ガイドラインにもプロトピックの使用血中濃度の上昇が生じる可能性があり、禁止とされている。KAL5などはPAR2の活性化を介してTSLPなどケラチノサイト由来のTh2への分化因子を誘導することでNetherton 症候群で見られるアトピー性皮膚炎用の症状を呈すると考えられている。バリア機能異常の中心をなすと考えられたフィラグリンはその欠損マウスで特にフェノタイプが見られないこと、尋常性魚鱗瀬でもアトピー性皮膚炎などの症状は見られず、その意義はまた振り出しに戻っている。同様の遺伝性疾患であるNetherton症候群で持続性にTSLPの発現亢進が見られるのであれば、アレルギー疾患が成長とともに重症化するのか質問したが、寛解と増悪を繰り返すそうであり、特に喘息や食物アレルギーが重症化する訳でもなさそうである。我々が学生の頃、アトピー性皮膚炎はアウトグローする疾患として講義を受けた。SPINK5, Filaggrinなどの遺伝子異常があってもアトピー性皮膚炎の進展、重症化に関与しないのもしれない。過去アトピー性皮膚炎は適切に治療すればアウトグローする疾患であったのは事実であり、近年の重症成人患者の増加は環境の変化に加え、不適切な治療が大きな影響をしているのかと考えたが、SulzbergerやBensnierの論文を読むと100年近く前でも成人や高齢者のアトピー性皮膚炎としての記載があり、やはりアウトグローの問題もまた振り出しにもどってしまう。
 もう一つは新しいバイオマーカーの話題でTARCに加えSCCA1. SCCA2, Periostinの紹介があった。TARCは皮疹が視診上正常化してもその値が高ければステロイド治療を継続すべきとの意見があるが、TARCが正常でも皮疹が改善しない例や皮膚炎が改善してもTARCが高い例もあり、多数例の検討が必要であろう。Williamsらの論文でもアトピー性皮膚炎の一見健常部でも病理組織で炎症が見られ、Subclinicalという表現で、Proactive療法の正当性を述べている(J Allergy Clin Immunol 2014;133:1615-25)。ただこの論文は26の論文から20編の論文を選び、Systematic reviewしたもので、すべて病理学的な検討をしたものでもなく(多くがプロトピック使用群)、使用する治療もステロイドやプロトピックが混在し、総投与量や軽快後の治療中止時期もはっきりとはしないと述べられている。アトピー性皮膚炎でのSubclinicalの定義は難しいが、座長を御一緒させて頂いた河野先生がおっしゃられた「治療を中断するとすぐに再燃する病態をSubclinicaalとした方がよい」という考え方も一理あるかと考えた。またペリオスチンは乳幼児期で成長期には高値を示すことで小児期のアトピー性皮膚炎のバイオマーカーとしては不適とのコメントがあった。ペリオスチンは組織リモデリングのさいに線維芽細胞から産生されることが明らかにされているが、痒疹ではあまり発現が見られないことが報告された。同様の現象はアーテミンでも見られ、アトピー性皮膚炎で発疹型によりバイオマーカーの意義を考える必要があるのかもしれない。乳幼児はどちらかというとバリア異常や発汗障害による乾燥型汎発性の表皮を中心とした湿疹病変や膿痂疹の合併などにびらん、滲出性の病変が主体であり、成人型に見られる強い苔癬化や痒疹性の病変などの真皮の慢性病病巣ともなうことは少ない。バイオマーカーも年齢や皮疹の性情で検討すべきなのかもしれない。実際、日本皮膚科学会の治療指針では乾燥肌主体の病変は保湿剤、痒疹、苔癬化は最強のステロイドの使用を推奨している。また成人型にはより複雑な難治化因子や悪化因子が関与しているのは過去に多くの報告がある。バイオマーカーのみでステロイドを長期に使用するリスクが危惧されるProactive療法は特に皮膚科以外の非専門医の先生には簡便なようで混乱の原因となるかもしれない(膠原病の診療も現在は抗核抗体、さらに特異抗体の有無で治療方針が決定され、皮膚症状の評価は病理検査も含めあまりなされなくなりつつある)。古江先生がかつて開業の先生方のデータを取り纏めて報告されたようにステロイド治療が適切に行われれば多くの症例は改善するが、半年間の使用で用量依存性に皮膚の副作用が出現し、また一定の割合で改善しない例が見られた。これがステロイドの使用量が少なかった(局所副作用は見られる)のか、鑑別診断、悪化因子の除去が不十分だったのか、デコイレセプター(ステロイド不応性)誘導、あるいは発疹型の差であったのか、先に述べたProactive療法の適応病変、使用外用剤の選択、軽快後の使用部位、中止時期の検討などと合わせ継続して、論議することが必要であると考えた。(勉強不足ですべての論文に目を通している訳ではない)。

大阪大学大学院医学系研究科教授 片山一朗
平成27(2015)年3月16日掲載