医局員コラム
最近考えること、「天からの手紙」 大阪大学大学院医学系研究科
情報統合医学皮膚科学
教授 片山一朗

 今年の夏は猛暑続きでぐったりし、また世界経済や日本の政治も不透明感がまし、落ち着かない毎日でした。9月に入り、朝夕過ごしやすくなり、少し風向きが変わることを願いつつ、このコラム記事を書いております。9月末の奈良での第8回国際痒み学会(World Congress of Itch 2015)を控え、ようやくエンジンがかかってきました。
 昨年も書きましたが専門医制度認定機構による新たな専門医制度が2017年度からスタートする予定で、日本皮膚科学会でも、最終研修プログラムが策定され、研修施設の認定基準なども決まりつつあります。研修の要件として入院患者の担当や手術件数なども重視されています。このような流れのなかで、出産後、復職して頂く先生が増えてきています。ただ全国的には皮膚科女性医師の復帰をいかにサポートするか(現実には男性医師を次の世代の皮膚科指導医としてどう教育して行くかの方にシフトしつつあります)が大きな問題として残りますし、今後の皮膚科診療が入院治療主体になって行く中で、どう病棟を維持して行くか、基礎研究を担う皮膚科医をどう育てるかなど、日本だけでなくドイツなどの欧米諸国でも問題になりつつあるようです。聞いた話では、アメリカで皮膚科医になるにはトップテン位の優秀な成績が必要で、多くは収入の良い美容皮膚科医を目指すそうです。結果的には大学内や基幹病院でも皮膚科の入院主治医とならず、コンサルタントとして内科、外科などに入院した患者の治療方針を少人数で決めるだけで、治療は全く行わないそうです。これはメラノーマなどの治療で顕著で、皮膚科医はダーモスコピーで良性、悪性の鑑別などの臨床診断のみ行う。生検、切除、リンパ節廓清などは外科、再建は形成外科が行い、再発、長期管理は臨床腫瘍医が行うそうです。これは訴訟を恐れ、専門以外手を出さないアメリカの医療の縮図ですが、そのような中で、入院治療を行わない、皮膚科の収入は激減し、以前書いたように、DepartmentからDivisionに格下げされる大学皮膚科が益々増え、近い将来皮膚科という臨床科が消滅し、Skin Biologyなど基礎研究部門が残るだけになる可能性も考えられます。先に述べた2017年の専門医改革は皮膚科医の専門性がどう担保されるか、アトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患の治療を誰が担うか、ニキビや水虫などのCommon skin diseaseは総合診療医でも治療するなどの大きな論点が残されています。最近のOTCやジェネリックの推進やサプリの効能表記が認められた事はこのような流れの中で進められていますし、TPPの協定成立
の先にはアメリカの保険会社の参入などや外国人医師や看護師の雇用解禁の動きも見え隠れします。
 雪と氷の研究で有名な北大名誉教授の中谷宇吉郎博士は「雪は天から送られた手紙である」という大変素晴らしいロマン溢れるメッセージを我々に残してくれましたが、同時に科学者として、「人の役に立つ応用研究をせよ」という言葉も残しています。彼のこのような考え方は第二次大戦後の一時期、誤解されていたこともあったようですが、その基盤には悠々とした北の大地で培われた自然科学者としての誇りと北大教授としての次の世代の指導者を育てる責任や矜持があり、「応用研究を実践するための目的を持った基礎研究の重要さ」を学生や門下生には教育していたようです。この事を現在の我々に置き換えてみますと、目先の企業主導の応用研究(?)に振り回され、知らないうちにやるべきことを見失っている指導医や、専門医試験合格を目的に精力を費やし、合格と同時に論文も執筆しなくなる若い方こそ、もう一度原点に戻り、基礎皮膚科学をじっくり勉強し、先人の記載された原著を深く読んで頂きたいと思います。そのような努力を継続して行く事で、他領域の研究者や臨床医との交流の大切さや、本当にやりたいこと、やるべき事が分かってくると思いますし、研究や臨床の高い壁にぶつかった時には「天からの手紙」が届くのではないかと思います。


大阪大学大学院医学系研究科教授 片山一朗
平成27(2015)年9月16日