医局員コラム
第2回汗と皮膚疾患の研究会
平成27年8月8日
東京
大阪大学大学院医学系研究科
情報統合医学皮膚科学
教授 片山一朗



 「汗と皮膚疾患の研究会」の第2回研究会が昨年に引き続き開催された。開会の挨拶で、杏林大学の塩原先生が、今年開催された汗に関する日本皮膚科学会、日本アレルギー学会での教育セミナー、シンポジウムが大変盛況であった事に触れられ、皮膚疾患における汗の重要性が少しづつ認知されるようになってきているとコメントされた。実際アレルギー学会で汗のシンポジウムが組まれたのは初めてであり、特にガイドラインの普及により、アトピー性皮膚炎における汗の指導の重要性が一般の先生にも理解されるようになってきたのではと考える。本会でも今年は出席者が39名と過去2番目に多く、若い男性医師の参加が目立ち、活発な質疑応答が繰り広げられた。
 今年は世話人として私が基調講演1を担当させて頂いた。抄録とタイトルで塩原先生から先ずカウンターパンチを頂いた後、私自身の個人的汗の研究史として、3つの話題を提供させて頂いた。
 シェーグレン症候群は私のライフワークの一つであり、今年から国の特定疾患に指定され、若い先生にも興味を持って頂いたようである。塩原先生からもシェーグレン症候群で汗腺周囲の細胞浸潤と発汗低下は関連するのかと質問されたが、我々の提示した症例(図2)や過去の唾液腺障害でのリンパ球の関与に関する研究からは唾液腺、涙腺、腎などと同様の変化が生じていると考えられる。また最近の研究ではTh17あるいはIL17A産生細胞が腺障害に関与しているとの報告が増加している。(Itoi S, Katayama I.et al.Immunohistochemical    Analysis of Interleukin-17 Producing T Helper Cells and Regulatory T Cells Infiltration in Annular Erythema Associated with Sjogren's Syndrome. Ann Dermatol. 2014 Apr;26(2):203-8.)。ただムスカリンM3受容体への自己抗体が関与するとの報告はある。またアトピー性皮膚炎でのアセチルコリン受容体の発現は調べていないが、アセチルコリンエステラーゼ活性が不安の強いアトピー性皮膚炎患者で低下しており、受容体のDownregulation生じる可能性はあるかもしれない。



 またPapuloerythroderma Ofujiで見られるDeck chair sign や成人アトピー性皮膚炎で肘窩など間擦部の病変を欠く症例は発汗低下例が多い事を合わせて提示した。(Takahashi A. et al. Decreased sudomotor function is involved in the formation of atopic eczema in the cubital fossa. Allergol Int. 2013 Dec;62(4):473-8. ) 
 発汗の生理学的な意義として精神性発汗と温熱性発汗があるが、掌蹠、腋窩、前額などは緊張すると手に汗を握り、脂汗がしたたり、腋窩はじっとりと汗をかく。また過度の交感神経の緊張で血管は収縮し、皮膚は蒼白になる。逆に温熱性発汗は体幹からの大量の発汗が主体で、精神性発汗が生じる部位にも発汗が見られる。温熱性発汗は視床下部にある温熱中枢で深部温度が知覚される事で交感神経が逆行性にアセチルコリン誘導性の発汗を惹起する。血管反射はノルアドレナリン性の収縮反応となる筈であるが、事実は熱放散として拡張の方向に作用する。このParadoxicalな反応に対する答えはないが、発汗のみで体温調節がうまく行かない時に副交感神経系が作動するのか、あるいはサブスタンスPなど血管拡張性物質が遊離するのか興味が持たれる。
基調講演のもうお一人は、熱センサーとしてのTRP研究で御高名な岡崎統合バイオサイエンスセンター教授富永真琴先生のお話であった。私自身、温度センサーが17度、28度、43度など、なぜ、どのように、これほど精密に規定されているのか、あるいはプロトンなどのイオンと植物由来物質がどうイオンチャンネルの活性化を使い分けているのか、未だに良く理解できず、情けない限りである。後から聞いた話ではTRPは進化論的には昆虫から見られるようで、遥か昔、太古の時代、彼らが、有害な物質としてワサビ、カンフル、カプサイシンなどをセンシングする受容体として獲得し、それが人類にまで引き継がれたとしたら、我々は何をセンシングしているのか興味が持たれる。またTRPは末梢神経で発現しているものとしていないものがありその違いが何か、中枢でも温度をセンシングしているのかなど不明の点が多いようである。富永先生は皮膚科との共同研究を多いに希望されており、興味のある方は是非コンタクトを取って頂ければと思う。一般演題では若手の臨床に結びつく素晴らしい研究が8題発表された。ただアトピー性皮膚炎でのバリア機能異常と発汗障害や、汗孔の閉塞と汗の漏出など、過去繰り返されてきた「鶏が先かタマゴが先か」という論議に戻るようであり、コリン性蕁麻疹のアセチルコリン受容体の発現低下、AIGAの位置づけなども未解決であり、来年も引き続き、議論が深まることを願っている。最初に述べたように、医学研究は未知の自然現象を知り、それを患者の治療に還元したいという、知的な興味とそれを解決するための機器の進歩や人との出会いが必須である。また何がどこまで分かっているか、先人の研究を謙虚に振り返る事も重要な事である。塩原先生は世話人として最後の会であり、生涯で初めて乾杯の音頭を取られ、発汗研究への熱い思いを我々に託された。来年からは名誉顧問として、引き続き、汗の研究を押しすすめる原動力となって頂きたいと願う次第である。なお来年8月27日~28日、大阪大学銀杏会館で第24回発汗学会を開催させて頂きます。本研究会と合わせ、奮ってご参加下さい。



大阪大学大学院医学系研究科教授 片山一朗
平成27(2015)年8月11日