医局員コラム
2013年 年報序文
片山一朗 大阪大学大学院情報統合医学皮膚科学
(2014.8.22)
大阪大学大学院医学系研究科
情報統合医学皮膚科学
教授 片山一朗
粘菌(Slime mold)と組織論

 私が大阪大学医学部に着任して今年の3月1日で10年が経過し、11年目を迎えることができました。おかげさまで、多くの医局員や秘書さん、技術員のかたがたの献身的なサポートで、より活力のある、そして多くの情報を世界に発信できる皮膚科学教室に育ってきました。年報も十巻目となり第一巻と比較しますとその質・量や他施設との共同研究など驚くほどの変貌が見られます。次のステージに向けて教室員や同門の先生が各人のやりたいことをさらに進めていただければ10年後はまた別の素晴らしい年報が我々の眼前に現れてくるかと思います。
 粘菌(Slime mold)は和歌山県が生んだ南方熊楠の研究で有名な植物と動物両方の性質をもつ,非常にしたたかな生活様式をもつユニークな生き物です。 「他の星からこの地球に、落ちてきた生物の原型ではないかと」言う生命学者もいます。熊楠は生涯でNatureに50編の論文を発表し、現在でもその記録は破られていないそうですが、そのうちの2編が粘菌に関する研究です。彼はまた「東洋の星座」、「宵の明星と暁の明星」など神秘的な題名の論文もNatureに投稿しています。粘菌は適当な条件下で発芽してアメーバ状の細胞となり,周囲の餌(大腸菌などのバクテリア)あるいは栄養豊富な培養液を取り込みながら増殖します.湿度、温度、日照などの周囲環境の変化や栄養源が枯渇して飢餓状態になると,単細胞はやがて集合して多細胞体を構築し,分化・パターン形成の方向に移行します(マウンド、スラッグ)。そして環境が改善するとまた元の個々の生命体に戻っていきます。このような粘菌の行動パターンは私が理想とする組織像にかさなります。私自身は教室員の個性を大事にし、自分のやりたいことを自由にやってもらうように指導しています。そして教室に危機が迫った時や何か大きなミッションを命ぜられた時などには、個々の医局員が少しづつ機能的なユニットを形成し、最終的には粘菌のマウンドあるいはスラッグとよばれる巨大な集合体を作り、正しい方向性を決定することで、危機を免れ、あるいは目的を達成し、その後は個々の構成員に戻り、また個性的な生活を始めます。この巨大化した組織のヘッドは決して私ではなく、構成員が  それぞれ、精神的な繋がりを持つことで生まれた新たな精神・生命体とも言うべきものかと思います。私の目指す大阪大学皮膚科はまさにこのような生命体であり、この10年間でその形が見えてきました。今後また次の10年でどう育っていくか楽しみです。粘菌の行動様式は都市交通や上下水道の設計にも応用されていますが、私自身、このような未知の生命体の行動様式に強く魅かれます。そのような流れの中で私は人間の持つ、5感(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚)の皮膚での支配原理を知りたいと思うようになりました。5感をセンシングする分子がすべて皮膚に存在し、皮膚が人間の感覚や存在を規定しているのではないかということ、ですでにロドプシン、TRPなど視覚、嗅覚、味覚などのセンサーの皮膚細胞での存在が明らかにされつつあります。皮膚という臓器の重要さをさらに知り、その異常を是正し、若さを保つ作業の重要性を認識しながら、さらに皮膚科医としての研鑽を積んでいきたいと考えております。この10年間のご支援、ご助言にたいし心より御礼を申し上げます。


表紙の言葉 「チベットの山岳」

山頭火の有名な短歌に「分け入っても分け入っても青い山」がある。 この写真は大阪大学着任時チベットにアトピー性皮膚炎の健診に行った時に飛行機から撮ったヒマラヤの写真である。アトピー性皮膚炎の病態は一つ山を越えるとさらに高い山が前に立ちふさがる。一度神になり天空から眺めると、アトピー性皮膚炎が俯瞰できるかもしれない。

最後に、この10年間の英語原著論文数を年報から纏めてみた。1stは片山が1st author、2nd/Last, それ以外(多くは共同研究の論文)、他ラボは片山が著者では入っていない論文である。2004年の着任時から5年間は片山が著者として入っている論文数は半分以下であり、6年目からようやくある程度教室発のオリジナルな仕事が出だしたかと思う。昨年はかなり数が減少したが、これはこの2年間で海外留学者が7人と急増したことによるかと考えている。
今後も赤字部分増えていくように努力したいと考えている。

大阪大学大学院情報統合医学皮膚科 片山一朗
平成26年8月22日掲載