医局員コラム

コントロールの重要さ 皮膚科教授 片山一朗

 私が基礎研究を始めた頃の大阪大学皮膚科の第2研究室は大学紛争がようやく落ち着き、研究を再開された先生方やその仲間が頻繁に出入りされ、狭くはあったが、熱気が溢れる、今から思うと夢のような場所であった。研修医から講師の先生迄、経歴も世代も異なる皮膚科医(基礎や他科の先生も出入りされていた)が集まり朝から夜遅くまで実験や臨床の話が尽きることなく繰り広げられていた。その中でいつも言われたのはコントロールを取ることの重要さであった。どうしても研究を始めた頃は新しい発見に目を奪われ、その再現性を繰り返すことが実験の主体になる。その中で越えられない壁が出てくる。その時に壁を乗り越える最も重要なことが適切なPositiveコントロールとNegativeコントロールをしっかり取っておくことであることを理解した。マウスの数や実験プレート、試薬の値段、細胞数などを考えると、つい陽性データの比較実験が主体となり、大切なコントロールをとることを忘れがちになる。西岡先生からは「基礎と臨床の研究の差はどれだけコントロールの実験を行えるか、どれだけ自分であらたな解析手技、手法を創り出せるかである」、「他人の作った抗体や細胞株を用いる、他の臓器で証明されたことを皮膚に応用するだけの実験は決してやるな」とよく言われた。現在のTop journalではSupplementary figureとして多くのデータが添付されているが、昔の論文はその部分がなく、Material MethodsやDiscussionに簡単に触れられたOne sentenceから著者達の努力をいかに読み取れるが研究者の最も重要な資質であったと考える。現在論文のSuppleの部分はその意味から若い先生には有益で、恵まれた時代になったとも考える。また「その時の常識で理解できないデータが出ても決して棄てはいけない」とも良く言われた。
 話は変わるが先日の病理カンファレンスで、久し振りに担当者と主治医を一喝してしまった。研究と同じで、病理所見も初学者はどうしても臨床診断名に囚われ、その病名の組織所見に合う所見だけをピックアップし、不都合な部分は切り捨ててしまう。結果として全く違う病名が病理診断となり、治療へも大きな影響を与えてしまう。皮膚疾患は臨床的な表現型は同じに見えても、その病因や組織反応は全く異なることがあり、その確認のために病理診断がある。研究と同じでまずNegative コントロールとして正常の皮膚組織像を理解し、年齢や部位による差を考慮していく必要がある。さらにPositive controlとして腫瘍、炎症、沈着症、肉芽腫、母斑などその病理標本の診断名に記載された疾患と病理像の差異を考えていく。重要なことは弱拡大で正常組織では見られない所見を認識することと組織反応の特徴を大きく捉えることであり、臨床診断名と合う所見、合わない所見を整理し、臨床像をその病理所見で説明できるか考えることである。このようなプロセスから的確な病理診断を下せなければさらに特殊染色や他の病理医の意見を求める。回診などでも理解できない検査所見や教科書にあわない症状を言ってくれない研修医が時にいるが、病理診断や基礎研究でも同様で決して不都合な真実を隠しては行けない。抗生物質の発見に代表される偉大な発見の多くは、その時代の常識では理解できないもので、発見者がその場にいなければ、さらに多くの時間が必要であったことは科学史が教えている。
 説教じみた話になってしまったが、怒り放しの一方通行では申し訳ないのでフォローの文として読んで頂ければと思う次第である。

2012年6月27日