医局員コラム

歴史は繰り返すのか? 皮膚科教授 片山一朗

 2012年4月に博多で開催された28回日本臨床皮膚科医会に出席し、占部治邦九大名誉教授のご講演「真菌症の変遷」を拝聴する機会があった。占部先生には久しぶりでお会いしたが、お元気そうであった。私が長崎大学に着任して直ぐに会頭を仰せつかった西部支部総会にお越し頂き、大会を楽しんで頂き、また西部支部での人のつきあい方を教えて頂いた事を思い出しながら講演を聞いた。第二次大戦後から現在にいたる福岡県における皮膚真菌症の移り変わりを先生ご自身が集積された膨大な疫学研究のデータと貴重な症例提示を中心に、淡々とした口調でお話しされたが、このような連続性のある研究の重要性を再認識するとともに、日本人のある時代の社会背景の記録としても大変興味深く拝聴し,久しぶりに満足感の得られた講演であった。
 日本の多くの大学医学部では今、大学院改革のさらなる流れの中で、病理学、解剖学、生理学、生化学などの講座名が消え、主任教授の専門領域をキーワードとした米国式の即物的な名前を直訳した教室名が使用されている。結果として、100年近くに亘り集積された貴重な日本の医学資料は廃棄される運命を辿り、さらに多くの教室員の努力の上に醸し出されていた教室のスピリットが消え去りつつある。大学法人化、新研修制度の導入と平行して進められた大学院改革は時代に即した効率的な研究組織の構築、新しい研究領域の創出、競争原理の導入、そして何より若いMD研究者の参入を促すためであったと理解している。しかし改革が始まり10年近くが経過した現在、発表論文数や海外への留学希望者の減少が大きな問題となっている。基礎研究室のMD研究者は激減し、結果として流行の最先端にあるNon-MD研究者が研究の中心を担う時代になっている。米国では大統領、企業に限らずトップが交代すると前任者の組織はすべて新しいものに変わるが、十分な論議を経ずに、異なる歴史、文化、経済構造、そして何より彼らとは異なる価値感を持つ日本人が米国の後追いをすることの危険性は当初から指摘されていた。結果的には国の方針やトップがコロコロ変わり、小泉改革後はTPP問題を含めすべて米国の言うままに動き、哲学のない目先の利益に左右される政策が進められている。
 話は変わるがここ数年、毎年ミャンマー(ビルマ)を訪問している。最初にヤンゴン(ラングーン)市内に入った時には私の子供時代、まさに占部先生が最も活躍されていた頃の日本にタイムスリップした感覚に襲われた。ロンジーと呼ばれる民族衣装に下着だけの人々で溢れ変える市街地は混沌としてはいるが不思議な安堵感を与えてくれたが、今年訪れた時にはその空気が変わり、ホテル代も昨年の3倍となっていた。米国の経済制裁の解除による欧米資本の参入結果とのことである。今後占部先生の示されたような変遷がヤンゴンにも訪れるのかと感慨深かったが、ヤンゴン総合病院で講演後質問に来た6人の皮膚科レジデント達の眼は皆、久しく日本で見なかった素晴らしい輝きをはなっていた。帰国後米国式の改革結果がでるのはいつかと考えている。

平成24年9月18日