医局員コラム

再考:皮膚科指導医の役割

大阪大学大学院医学系研究科分子病態医学
皮膚科教授 片山一朗


 藤原正彦氏の「国家の品格」がベストセラーになり、2006年度の流行語大賞に「品格」が選ばれて以降、この「品格」という言葉をキーワードとして様々な意見が飛び交うようになった。この背景には、20世紀後半から21世紀になり、本来の職業人、学生、あるいは一般の市民の持つ行動規範や社会の中で果たすべき責任や義務といった、長い歴史の中で我々日本人の中に確立したと考えられていた支柱が大きく揺らいできたことが挙げられる。
 藤原先生は教鞭を執られるお茶の水女子大で、学生に新渡戸稲造の『武士道』をかわきりに内村鑑三『代表的日本人』など11冊のテキストの名著講義セミナーを開催されておられ、その中での女子大生とのやりとりを纏めた「名著講義」が昨年出版された。私自身氏が取り上げられた名著の殆どを読んでおらず、女子大生と同レベルで大きな事が言えるわけではないが、当初全く興味を示さなかった新入学生達がセミナーの進行ととともに、本来の日本人としての品格や、立ち居振る舞いを理解するようになる過程が氏の辛口のユーモアを交得た文章で、生き生きと語られている。
 昨今ポリクリ学生、そして皮膚科の新人でも教科書(教本と呼べる)を持たない学生が増えており、まして英語の教科書など見たこともないと堂々と述べる学生や新人がいることに驚くことがある。とどめは「皮膚科を専攻する気はありませんから教科書は不要です」という言葉である。本来臨床医学とは長い医学の歴史の中で先人達が観察、経験し、記載・口承されてきた病態、病因、診断法、治療を現代に生きる我々が網羅的に評価・吟味し、理解することで目の前の患者の病気を治す事と理解されるが、昨今の講義にも出ず、まして教科書も持たない学生が、どのように患者を診断し、治療していくか、考えるだけで目の前が暗くなることをも多い。実際スーパーローテートや日本語での記載が要求される訴訟時代の電子カルテの開始後、皮膚科を全く勉強していないローテーターや日々の診療に追われ、じっくりと古典的な皮膚科学を勉強する時間のとれない新入医局員をどう教育するかは全国の大学、一般研修病院でも大きな問題になりつつあるかと思う。それに拍車をかけるのが専門医修得のための不完全な論文執筆後は全く論文を書かなくなる専門医(?)の増加やかつてはどこの大学にもいた使命感に燃えた皮膚科指導医の離職かと思われる。そうなると先に挙げた藤原先生の言う皮膚科の品格や皮膚科医の矜恃という最もわれわれにとって根源的な支柱を欠いた皮膚科医がどんどん世の中に増え、結果として、皮膚科不要論という、先の仕分け作業の際に問題となった皮膚科バッシングがさらに進むことが危惧される。若い皮膚科医に皮膚科学の面白さを再認識させ、他科の医者、あるいは行政、研究者と対等な議論をするためにも、ここは皮膚科指導医が藤原先生にならい学会、論文指導だけでなく、かつては良く見かけたRookやLeverの教本あるいは各責任指導者が選択した代表的な皮膚科の原著論文輪読会を再開し、正しい皮膚科学を再教育する時期にきているのかもしれない。
2010年