医局員コラム

私見:進化論的皮膚学

大阪大学大学院医学系研究科分子病態医学
皮膚科教授 片山一朗


 先日、敬愛する先輩の先生から「最近のアトピー性皮膚炎の食事指導は欧米型の食生活からの脱却や食物アレルギーの観点からの取り組みが主体であり、もう少し別のアプローチがありそうだ」との手紙を頂いた。皮膚病では疾患特有の気質や体型があるということはよく耳にすることである。一昨年からわれわれの教室でも生活習慣とアレルギーというテーマで疫学的な研究を開始している。その中で対象として乾癬とアトピー性皮膚炎を取り上げ、さまざまな観点からの解析をしている。よく知られているように乾癬では表皮細胞のターンオーバーが正常より10倍以上亢進しており、不全角化細胞として脱落していく。この細胞回転はアトピー性皮膚炎の慢性病巣部では対照的に遅延しているようで、角層も厚くなる。最近の研究では皮膚のケラチノサイトが産生する抗菌ペプチドは乾癬で産生が亢進しており、アトピー性皮膚炎で減少していることが明らかにされ、そのことが乾癬で皮膚感染症の少ない一つの要因とされている。皮膚の炎症を規定する遺伝子はどうも乾癬とアトピー性皮膚炎で同じ遺伝子座にあるらしいが、少なくともケラチノサイトのレベルではまったく正反対の挙動が観察される。このことは何を意味するのだろうか?皮膚のケラチノサイトを考えてみると乾癬ではアトピー性皮膚炎に比べ遙かに大量にエネルギーを消費しているのは容易に推測できる。豊かな栄養源に囲まれた、しかし病原微生物も活発な世界で生活していた祖先の中で抗菌ペプチドの産生と表皮ターンオーバー亢進による効率的な抗菌システムを備えた個体が生き残り、進化したと考えることも可能である。翻ってアトピー性皮膚炎を考えると乾癬とは全く逆の環境下で進化してきた我々の祖先がアトピー素因をもつ現代人のルーツなのかもしれない。エネルギー消費を低下させ、角層を厚くすることで外敵の侵入と寒さを防ぐ手段を得たことで氷河期を乗り越えてきたとの仮説が立てられる。実際に日常診療でBMIの高いアトピー性皮膚炎の患者さんや患児を見る機会は少ないし、我々の検討でも、脂質代謝に関与するある分子がアトピー性皮膚炎患者のケラチノサイトで発現低下していることを認めている。このような観点から表皮の細胞代謝を乾癬型の高回転型に変換することがアトピー性皮膚炎の治療に応用可能かもしれない。アトピー性皮膚炎の病因論の一つとして戦後の西欧化した食生活を指摘する論文は多いが所謂Metabolic syndromeに合致する患者がどれくらい存在するかは明らかではない。逆にアトピー性皮膚炎の患者さんはそういった西欧型食生活への急激な変化を拒否する形でさらにあらたな進化をしていると考えることも可能かもしれない。昨今の医療環境も劇的に変化しつつある。人類の進化に比べれば瞬きの時間にも足りないが、21世紀のこの時代に適応した皮膚科医はこれからどう進化していくのかと考えてもみた。
2007年