医局員コラム

阪大皮膚科開講75周年記事

大阪大学大学院医学系研究科分子病態医学
皮膚科教授 片山一朗


 片山 一朗(S・52)

 今,研修医誰しもが身にしみて感じている事と思うがこの1年間の時の流れは実に速かった。歌の文句ではないけど,時の過ぎゆくままに,この身を任かせて,1年を過ごしてしまった様な気がする。
 北海道の,のんびりした風土の中で6年間を送った私にとって大阪での新生活は,毎日が緊張の連続で,自分の中の何か大切なものが日々失しなわれていく様な不安にとらわれ何度となく,この息のつまる様な都会から,逃げだそうと思った。反面,毎日の平凡な生活の申で,新しい多くの人に会い,新しい発見に驚き,それが心の支えにもなってきた。
 今何故私が数ある医学分野の中で,皮膚科という,特殊な科を専攻したかと,新ためて考えて見るに,学生時代,病棟実習で皮膚科をローテートした時,T先生の言われた言葉が大きな比重を占めていた様に思う。それは次の様なものである。
 ≠皮膚科というのは,他科に比べ,割と暇な時間が持てやすい,医学以外の分野に首を,つっ込む事も可能である。事実背はそういう人物が皮膚科には多かった。しかし一万で,皮膚科程未知の部分が多く残されている科は他にない諸君にやる気きえあれば,こんな奥行の深いおもしろい分野は少ない。〃
 1年間という短い期間ではあるが,種々の疾患を持った人々が,原因も分らないまま,対症療法に甘んじている姿を見るにつけ,この言葉が思い出きれ,何かやらなければという気にさせられる。又まだ臨床経験が零に等しい私ではあるが,生体が,皮膚というキャンバスの上に,かくも多彩な表現をし得るという事も大きな驚きであった。今,皮膚科医としてスタート地点に立ったばかりの私であるが,この生体の作り出す神秘な現象の1つでも解明出来ればと考えている。そして多くの先生運に一歩でも近づく様努力したいと思う。
1977年